質の悪い考え

前の記事で自分のことをおっさんと言ったけど、自分のこととはいえおっさん呼ばわりはやめるべきではとちょっと思った。
 
例:
・自分がそーなんすけどブサイクな非モテの未婚者は死んだほうがいっすよね。
・ブサイクな非モテの未婚者は死んだほうがいっすよね。
 
(自分がそーなんすけど)を略すとえらいことになる。もちろん、略すか略さないかというのは大違いなんだけど。自分を笑える、自分のダメな部分を笑おうぜっていうユーモアは大切にしたいのだけれど。
例えば自傷行為。やってる本人が自分だけの問題とした場合、その問題が外に漏れて見せられた他者は堪ったものではない訳で。本人が外部の反応もひっくるめてやってるならなお質が悪いし。
 
・自分という人間の肉体を傷つける
・人間の肉体を傷つける
 
(自分という)を略すとえらいことになる。自傷したり自死したりする自由はどうなのというのは、自分には難しすぎるのでおいといて。
これは程度問題だと思う。適切さというものは常にある。微妙かなと思うものは避けたい。
自称オタクとかサブカルも本当に微妙な気分になるのでなんか文脈がなければしなくなった。
 
もうひとつ避けたいかなと思ったのが、明らかにダメだと思った人にダメ出しをする行為。善意でやってるなら明らかに悪いし、悪い部分の改善であったり自分の精神衛生上の問題であっても、アドバイス罪とかマウンティングとか啓蒙っぽい感じが自分で鼻についてどうにも後で嫌になってしまうので。こういうのはよくtwitterで味わっている。
mastodonのローカルTLを読まずに眺めてるほうが、みんながなんか生きてるのがわかるし、嫌な気分にもならなくてよい。